こんにちは、はっちです。
今回は電験1種受験から合格まで4年もかかってしまいました。
その間、どうモチベーションを保っていたか、ついて書いておきたいと思います。
全国的にも電験1種が必要な場所は電力会社ぐらいです。
ほぼ名誉資格でしかない電験1種ですが、それでも取得を目指す人は少なくありません。
電験1種を取りたいという思い
電験1種が必要とされる数は本当に少なく、先程電力会社が該当するという話をしましたが、それでも担当地域に一人いればよく、広い範囲を受け持つ1種の人は”ある県を全部見ている”ということをおっしゃっていました。
さすがに大都市になるとそれは分割されるようですが、それでも広い送配電網です。
その規模と責任たるや想像がつきません。
私はそんな広範囲に及ぶ責任があるわけでもない現場の電気主任技術者です。
会社から報奨金があるということもありません。
ですが、やはり1種が欲しいと思ってしまいました。
モチベーションの維持の背景として、その理由が重要でした。
理由1:電気は全てつながっている
私の感覚としては、電験3種は現地のことが分かる。電験2種になると、上位の変電所や発電所のことがわかる。
電験1種はそれら全てがつなげる、ということを勉強していて感じました。
電気は発電所で作られ、瞬時に現地で消費されますが、その流れを理解するためには1種まで勉強する必要がある。
ただ、それは2種の勉強でも感じることが出来るかもしれません。(その人はぜひ1種目指すべきかなと思います。)
それだけ濃い勉強をしてきているのではないでしょうか。
それぞれ細切れで知識を入れていた2種までの勉強に対し、1種ではそれらをつなぎ合わせることでさらに理解が深まる気がします。
今までバラバラだった知識をつなぐ感覚は、勉強が大いに進んでいるものと感じました。
当初の最終目標は技術士(電気電子部門)
電気の勉強を改めて始めた当初の目標は、最初に取得した電験2種。そのあと、博士号と同等と言われる技術士を取得してその目標は終了したつもりでした。
その中身は濃いものでありましたが、電気の生成から消費までの全体を把握するというわけではありませんでした。
技術士はどちらかと言えば、その分野の電気技術をいかにして社会に適応させ便利なものとし発展させるか。
といった面が強いですが、電験1種は電気工作物をいかにして安全に効率よく運用するか。
という視点で構成されていると思われます。
技術士の電気電子部門は中で4分野に分かれているため、それら全部で取得すれば全て分かるかもしれませんが、それはまた非常に大変です。
実務経験の上に成り立つ技術士は他分野というだけで、独学や経験なしでの取得はものすごく大変・・・というか口頭試験で落とされそうです。やめておきましょう。
やはりで電気の全体像を把握するためには、まだ勉強が必要。
だったら電験1種を狙ってみるか、、、と思って一次試験を受験したことが沼の入り口でした(汗)
電気のつながり
電気はすべてつながっている。という話をしましたが、一年目の勉強で電気の繋がりを感じることが出来たのは試験前まで来てようやくでした。

ただ、その点に気が付いただけであり、まだまだ先がある。と感じていましたが、
もしかしたら合格できるのでは?と思っていました。
結果として見事に惨敗。
当時は惜しいかも、と思っていましたが、勉強を進めた今、改めて自己採点してみると相当点数が低いことが分かりました。下のグラフは4年間の自己採点の結果の推移(予想)です。

1年目の不合格通知を受け、絶対合格してやる!と意気込んで勉強していた2年目に点数は上昇しています。
この年は4年目と同等ぐらいのできだったのですが、ミスが多数が発覚。
見事に惨敗してしまいます。
翌年の2024年は合格ラインを超えている予想ですが、ほぼ機械制御で点数を稼いでおり、電力管理で平均点を割ってしまったのではないかと思われます。
後は気が付いてないミスがあったのかもしれません。
理由2:計算ミスの悔しさ
2年目の二次試験ですが、かなりの自信を持って臨んでいました。
電力管理においては、その自信からか問題を選ぶ際、

この問題は解けるけど、こっちの問題の方が見たことなくて面白そう。
という自分の実力を試したいためだけに難易度の高い問題を選択。

実際30分ぐらいかかって問題を解き最後まで行くことができました。
問題は無いだろうと思って、続く機械制御もほぼ完答。
これはいけたでしょう。
そう思っていましたが、ふたを開けてみると”合格者一覧にありません”の文字。
再度解き直して気が付いたことは、値の代入を間違えて序盤から全滅していたこと。
詳しく説明せよ、との内容を見ていなかったため、題意より、などを連発してしまったこと。
自信満々の高難易度問題も全ての問に答え切れて無かったことなどがわかりました。
分かっていたはずなのに。。。という思いと、問題文をちゃんと読めていない理由でもある本番の緊張を何とかしないと。という思いが強くありました。
ですが2回の二次試験に惨敗した後の3回目は一次試験が復活してきます。
電験1種スパイラル一次試験の復活!
一次試験の復活はもう絶望。。。というわけではありませんでした。
というのも、一次試験は比較的楽(理論を除く)です。
1種一次試験は合格率も高く、難しくはあっても二次試験の中で勉強したことはそのまま使えます。
ですので、電力は一次試験の勉強と言えども、二次試験の論説対策として勉強し、残る機械、法規、理論を勉強することになりますが、
機械科目も主要4機中3機は二次試験の勉強で押さえられますので勉強のモチベーションの維持は楽。
ただ、やはり残りの理論の難しさと時間の短さに心臓バクバクで臨んでいたりはします。
ここだけが問題。朝イチの理論を切り抜けられれば後は試験を通した二次試験の勉強のつもりで臨んでいました。
ただ、そう思っていたらノーマークの法規が危うい結果になってすごくびびってました。

理由3:自分に自信が持てていない
無事一次試験を突破した続く3年目の二次試験。
結果として再再度撃沈しました。

試験の手ごたえとしてはそこそこの出来だったため、少々のミスで合格点を割ってしまうだろうことを予感していました。
結局、見つかった最序盤でのミス。
ほぼ1問丸っと落としてしまったこと。
また、自分の答えを信じ切れなかった問で、右往左往してミスしていたのも原因でした。
過去問でこんな答え出たことない。こんな式、こんな変な形の答えが出るのはおかしいのでは?何か自分が見えていない条件があるのかもしれない。
そう思い、様々な迷走を繰り返してしまいました。
この年は、問題に変化球が多く、答えを見ると、これでいいの?となるのですが、本番ではそれが信じられませんでした。
結果として散々な結果の電力管理。
そしてついに4年目に入ります。
理由4ではないが:疑心暗鬼の論説
ここまでくると、論説問題に苦手意識が芽生えてしまっています。

答えは多分これについて書けばいいんだろうけど、、、出題者は本当にこれを聞いてきているのだろうか?
意図通りの解答ができているだろうか?
特にこの令和7年度は論説問題が多く、何を聞いてきているのかが分かりにくく、答えを見ると、

え?これだけでいいの?
となるのですが、問題文の聞き方としてはもっと幅広く問われているようにしか見えません。
令和7年度1種二次試験では問2、問3、問5がそれでした。
問5に至っては、まさに今自分がやっている仕事の内容です。そのまま書けばいいはずなのですが。
一方で分かっているがゆえに、
出題者の意図から外れてしまうのではないだろうか。
それは正答にならないのではないだろうか。
では、何を書けば正解なのか?
そんな思いがよぎり、選択を外してしまいました。
ただ、その中で唯一選んだ論説の問3についても、出題者の要求する答えとは違う答えを記載してしまい、がっくりと肩を落としていました。

また、選択はしていませんが問2についても答えは範囲が広く感じましたが、公式解答の内容は予想していた答えの1部だったりしました。
本当に出題の意図が読めません。
難しい題材用意したけど、やっぱり難しいから、答えはなるべく簡単にしておくね。
そんな思いなのか全然違うのか分かりませんが、そもそも最初のハードルが上がっているので、
答えでハードルを下げる選択肢が出てきません。
そんな様子は特にR7年2種二次試験でも強く見られます。

それでもトータルとしては合格点はある。と思って見た結果。無事合格を得ることができましたが、やはりもやもやは残りました。
この1年目を除いた3年間のモチベーションとしては、
計算ミスが無ければ受かるはず!
出題の意図通りの解答が書ければ受かるはず!
最後はこの2本の悔しさによって支えられていた気がします。
受験も3年目になると、当初つながっていくことがうれしかった知識の感覚も少なくなってき、4年目に至っては、もっと先の知識を得ておこうと考えるようになっていました。
電験の二次試験は公式回答は公開されますが、採点方法、採点結果などは分かりません。
計算問題は過程が違う方法であっても結果があっていれば点数はあるかと思いますが、論説は本当に分かりません。
出来たと思っていても、論説は6~7割ぐらいで見ておいた方がいい。
そんな経験から、できるだけ計算問題を選択して解きました。
今回はそれがうまくいきましたが、今後もそれが続くとは限りません。
電験1種も2種も今年は論説に偏っていました。
そういった知識を要求してくるのであれば、もう少し答えやすい、皆が似たような答えが出る設問にしてほしいものです。
それも含めて電気の世界の常識なのかもしれせんが、採点基準が分からないというのは厳しいなと終った後でも思うことです。


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